日本一クレイジーな骨董店「アウトローブラザーズ」を営む傍ら、
動物の剥製や骨格、古物などを癒合させ、唯一無二の作品を制作する現代の錬金術師・マンタム。
チェコのシュルレアリストであり映像作家のヤン・シュヴァンクマイエルはじめ
様々なアーティスト、クリエイターとの親交でも知られています。
死より生まれる新たな文化をコンセプトに掲げるマンタムの作品たちは、
錬金術的と表現するに相応しいプリミティヴな力強さと奇妙な美しさに溢れています。
個展「記憶の残骸物とそれを照らす為の月」用新作。
「記憶の為の羅針盤」と題されたオブジェ作品。
2010年に開催されたマンタムの初個展「錬金術士の憂鬱」の
イメージヴィジュアルに用いられたオブジェ「耳の後ろを白く塗った男」と
それに付随する幻想的な物語「緋色の女」をベースにした作品です。
" 緋色の女による攻撃でいつの間にか千切れてコップに浮かんだ私の指を
耳の後ろを白く塗った男が記憶の迷路に封じ込められないように作ったコンパス "
有機物である頭骨と、無機物である金属を組み合わせた錬金術的な手法によって
中央には "緋色の女による攻撃で千切れた指" が付けられており可動します。
高さ:約63㎝。
台座部分 直径:約12㎝。
「緋色の女」
夜帰りに何時も通るビルの壁面に赤い蜘蛛の巣のようなモノが貼り付いているのがみえました。
なんだろうとおもって目を凝らしてみたのですが、それは赤い女としか言いようがないものでした。
身につけているものがということではなく髪も皮膚も眼球も塗りつぶしたように赤い女が
ビルの壁面に胸を突き出すようにして貼り付いていたのです。
それはとても奇妙なことなのですが何故か誰も騒ぎ立てる者はありませんでした。
それからはやはり気にはなるのでなんとなく通うようになり
それでようやく理解できたのですがどうも見えるのは自分だけらしいのです。
あの女はなんなのだろう?
何故あんなところに貼り付いているのだろう?
そもそもどうして自分にしかみえてないのだ?
頭がおかしくなってしまったのか?
そうやって通うのが日課になってしまったある日、話しかけて来る男がいました。
(坊主頭で耳の後ろを白く塗りつぶしている)
彼は私が見ている女が「緋色の女」と呼ばれるもので、
あれは世界がほころび始めたときにあらわれる端緒の糸のようなものだと教えてくれました。
つまり誰かが不用意に「緋色の女」に触れるとそこから一気に世界がほころんでしまうというのです。
そして、彼は訊ねました。
私にとってこの世界は大切なものなのかと。
もし守りたいのならあのビルの壁面に貼り付いている「緋色の女」と対決しなくてはならない。
失敗すればこの世界はほころびて消えてしまうが、遅かれ早かれ「緋色の女」があらわれた以上
消えてしまうこと自体は決まっているのだから結果は気にしなくてもよい
大切なのは私が自らと世界の破滅を賭して彼女と闘う意志があるのかどうかなのだ と。
彼の説明によれば世界は約束事によって成り立っていて
それはいままでの全ての世界がそうであったようにこの世界も約束事で成立している
ところがそこに暮らす人々の煩雑な意識と欲求そのものが澱となってたまりすぎると
「緋色の女」の出現によってコップに溢れる水が溢れるようにこの世界は崩壊して
また新しい世界がはじまるのだ と。
世界は何枚もの薄い紙を合わせたような構造で成り立っていて
都合が悪くなればその一番上の紙を破いて新しく描かれる絵にすぎないのだと。
我々はそれが誰の描いた絵なのかを知るどころか
何ヒトツ疑うことなくただ暮しているだけのことなのだと。
だからそれ自体にはなにひとつ意味はない。
世界が滅べばそこに在るなにもかもが消え去り、新しい世界がはじまるだけのことなので
その事をだれヒトリ悲しむ事も苦しむ事もなく終わるのだから
イヤならともに滅びればいいだけのことなのだと。
で、結局私は「緋色の女」と闘う事になるのですが、
そのための力を得るということはこの世界の約束事から離れてしまう事を意味していて
それはもう戻る事のできない道を選んでしまうことでした。
その「耳の後ろを白く縫った男」とその眷属たちは
この世界が成立する以前に私と同じように緋色の女をみて闘うという意志を選択し
その結果全ての世界の約束事から切り離されて
孤立して彷徨するしかなくなってしまった哀れな亡霊のような存在だというのです。
私は「緋色の女」と闘わなければならなくなりました。
でも、それは世界のほころびをはやめるだけなのかもしれません。
それでも私にはそれ以外の選択肢がなく
コンクリートで囲まれた黴だらけの小さな地下室で私達は闘うための準備をしています。
「耳の後ろを白く縫った男」はさっきまでコップの中の水で白っちゃけた眼球を洗っていましたが
「緋色の女」の様子を見に行くといって何時のまにかいなくなってしまいました。
そうしたらコップのなかの眼球はいつのまにか根元から千切れた私の指になっていて
それで「緋色の女」の攻撃がはじまっているのにはじめて気がついたのです。