「記憶」を媒体とした空間造形から、
ある種のノスタルジーを感じさせる世界を表現する造形作家 植田明志。
無音のような静けさと、理想的な深層心理の核心を探求する、
その作品世界は見る者の心に深い余韻を残します。
「 月の歌 」と名付けられたオブジェ作品。
通称 "ガリレオの月 "と呼ばれる三日月の形をした魚です。
苔生した金属のような三日月に老人のような顔。
煙突状の部位からは煙を吹き出しているようなデティルが施されています。
"ガリレオの月は "失われた夢の象徴。
夜空を漂い、失くした夢の持ち主を待ち続けています。
縦:約42㎝。横:約75㎝。
石粉粘土 アクリル彩色 ワイヤー 金粉 メディウム ビー玊
※こちらの作品は植田明志個展「惑星少年」会期終了後、2013年4月21日以降のお渡しとなります。
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「月の歌」
少女の表情は、相変わらず見えなかった。
それはガラス製の完全球に近いヘルメットを被っているからだ。
少女はそれを決して取ろうとはしない。
「それが私の国の掟だから。」
少女は、僕の手を取って言った。
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街灯に染められた血が、不規則な軌跡を描きながら踊る。
ヘッドライトが破損したであろう車は、いつの間にか夜の向こうへ消えていった。
まだ切ない香りを纏わせた風が、僕の頬を叩く。
なんとか仰向けに体をよじる。
僕は清々しい気持ちだった。
いつから、星を見上げなくなったのだろう。
ほら、星はこんなにも綺麗だ。
あの時のままだ。
あの時の僕は、何処にいるのだろう。
そして僕は、歌を聴いた。
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少女は足を止める。
「よかった。」
少女は、独り言の様に、確かめる様に呟く。
「彼、やっと、会えたのね。」
目の前に現れた巨大な建造物の様な物体。
膨大な時間をかけて大半は大地に食われ、姿を見せているのは「背びれ」の部分だけだ。
少女はまた、歌い始めた。
その姿は、何かを願っている様にも思えたし、自分自身に聴かせている様にも見えた。
霜柱を踏むようなリズム。水たまりの中の宇宙を纏った、メロディー。
この真っ白な星で、僕はずっと少女の歌を聴いていた。
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もう、意識はほとんどない。
体が風と、地面と、同化していく。
まだ、歌は聴こえている。
後ろに、誰か立っている。
瞼の裏が暖かい。
目を閉じて、太陽に顔を向けている様だ。
段々と白さを増していく。
暖かさは温度を増して、僕の瞼に触れた。
羽根の様な軽さ。
天使の様な優しさ。
そして僕は
真っ白な世界で、僕と出会う。
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「−−−−**********。」
少女の歌で目を覚ました。いつの間にか眠っていたようだ。
しかし少女の姿は何処にもなかった。
巨大な「背びれ」の姿も見当たらない。
ふと上を見上げる。
そこに、少女は居た。
少女は巨大な月だった。
白い煙を吐き出しながら、宇宙を舞っている。
黄金の体に星の光を反射させ、白く光った。
背びれと尾ひれは風に吹かれるカーテンの様にそれをなびかせた。
透明な球体の目は、少女の顔を思わせた。
少女は、自分自身が目になって、この巨大な金属の魚を導く。
少女は、自分の星を思い出したのだ。
星の子は、影の子に会えたのだろうか?
天使は、ちゃんと歌えたのだろうか?
雲のクジラは、今も少年の夢を願っているのだろうか?
星行きの飛行船となった少女は、僕のことを覚えていないだろう。
ただずっと、青の宇宙を、泳いでいくのだ。
あの時と、一緒の歌を歌いながら。