子供の頃、怖いと感じたこと、好奇心を抑えずにはいられなかった記憶などをテーマに
アクセサリーやオブジェ、洋服の製作、イラストやパフォーマンスなど、
幅広いジャンルに渡って表現活動を展開するアーティスト eerie-eery(イーリー・イーリィ)。
eerieによる立体作品、不気味で少しファニーな顔の無い人形たちは、
作家自身の分身であるかのように物言わず静かに佇んでいます。
架空の劇団 "鯨と足首座" を舞台にした物語の登場人物を立体化した連作のひとつ。
劇団員のひとり「病人」のお人形。
鳥のような頭部「病人の顔」は被り物になっており、取り外しが可能。
取り外すとeerie-eeryの特徴である顔の無いお人形となります。
また別売りの他の劇団員の顔と取り替えが出来るようになっています。
全高:約7.5㎝。
奥行き:約13㎝(頭頂部からお尻まで)
石粉粘土 布地 レース 藁
"鯨と足首座" の劇団員「病人の話」
劇団に入ることをゆるされたのはたったの四人で、
若者、病人、囚人、令嬢といった接点のないばらばらの身分の者達だった。
支配人は四人を集めるとこう言った。
「貴方達はこれからこの劇団の劇団員になるにあたり自分の顔を捨ててもらうことになる。
よって今から貴方達の首をこの斧で落とします。」
四人は驚いて顔を見合わせた。
支配人はさらに続けた。
「頭を切り落とすのには理由があります。
そして貴方達を選んだことにもそれに深く結び付く理由があります。
ここにいる皆さんは己の境遇に何かしらの不満を抱いている。
そこで自分の顔を捨て、新しい顔を被り、新しい自分として生きてみては如何だろうかと思うのです。
貴方達は役者になることを望んでここに来たはずです。
ならば演じねばなりません。日頃から己でない何者かを演じればよいのです。
ただそれだけのことです。
そうすればもう誰の目を気にすることもなく生きられるでしょう。」
四人はまた顔を見合わるとゆっくりと頷いた。
「では、そこの木枠に首を置いて下さい。さあさあ。」
四人の足元にはいつのまにか首を置けるように半月型にくり抜かれた木枠が用意されていた。
四人は言われるがままに並べられた木枠に首を置き寝そべった。
「では。」
支配人は斧を高く振り上げるとまず若者の首を落とした。
続いて病人、囚人、令嬢と手際よく落としていった。
その作業はあっという間であった。
四人は頭と体がばらばらになり、前が見えないといった風に頭を探してうろうろし始めた。
「では皆さん、それぞれ好きな頭を選んで被って下さい。それが今日からの貴方の顔です。」
四人はそれぞれに顔を選び被った。
病人は健康な体が欲しかったので健康そうな若者の顔を選んだ。
病人の病は不治の病であった。
体中に腫れ物が出来ては潰れ、どんどん広がり体を蝕んでいた。
入院もしていたが進行の速度が早いため
最早手術ではどうすることも出来ず、数日前にホスピスに移っていた。
病気が悪化してからは、死ぬのは今日か明日かと毎日怯え眠れぬ日々が続いた。
今まで気にもとめなかった世界の全てが美しく愛おしく、
同時にこの世界から一人きりで剥離されていく絶望感が垂れ込めて胸が締め付けられた。
病人はホスピスを抜け出した。
(どうせすぐ死ぬのだ。今更いつ死んでもこの命は勿体なくはないだろう。)
病人はこの綱渡りの様な絶望感に堪えられず自殺を考えていた。
そんなことを考えながら歩き街をさ迷っていた時であった。
病人は支配人の劇団を見つけたのである。
同時に病人の頭にある考えが浮かんだ。
それは道徳に背くとても悪い考えであった。
(役者として舞台に立ち病気を振り撒いたらどうだろう。
近く死ぬのはわたしだけではなくなる。皆わたしの病で死ぬのだ。
わたしは一人で死の国へ行かなくてもいい。)
こうして病人は支配人に役者になれないか掛け合ってみることにしたのである。
病人は若者の顔を被った。
若者の肉は柔らかく、病人のほっそりとした首にも優しく馴染んだ。
健康な顔を被ったとしても体に病を飼っていることは変わらない。
ただ死という存在に直面することをやめたら気持ちが幾分か晴々とした。
いつもの消毒液の匂いに混ざり若々しい羽根の匂いを風が運んで来る。
(もう少し生きられるかもしれない。)
絶望の淵に立ちながら、そんな希望さえ湧いたのであった。