日本一クレイジーな骨董店「アウトローブラザーズ」を営む傍ら、
動物の剥製や骨格、古物などを癒合させ、唯一無二の作品を制作する現代の錬金術師・マンタム。
チェコのシュルレアリストであり映像作家のヤン・シュヴァンクマイエルはじめ
様々なアーティスト、クリエイターとの親交でも知られています。
死より生まれる新たな文化をコンセプトに掲げるマンタムの作品たちは、
錬金術的と表現するに相応しいプリミティヴな力強さと奇妙な美しさに溢れています。
「ヴァイオリンの為の音楽」と題された照明型作品。
中央から2つに切断されたヴァイオリンの中で、水晶灯が仄明るく光る
詩的な美しさを感じさせる作品です。
高さ:約92㎝。
台座部分 奥行き:約28㎝。
横幅:最長 約18㎝。
コードの長さ:約192㎝(プラグ部分含む)。
「ヴァイオリンの為の音楽」
ときどき かさかさと音がしてそれがずっと気になっていたのだ
練習をしたくても構えたヴァイオリンに弓をあてようとすると必ず音がして、
それが気になって集中出来ないのだ
勿論先生には何も聞こえないので
私のやる気がないからと母親に告げ口されてしまう
母親はその度に私の手を小さな枝で打ったが
だからといって音が消える事はなかった
私はその音が小さな悪魔がヴァイオリンの中で呪いの儀式をしているように思えて
恐くて仕方がなかったのだ
だから折角買ってもらったヴァイオリンもちゃんと演奏される事はなく、
私はいつまでたってもきぃきぃと小さな獣の鳴き声のような音しか出せないままだった。
ある夜 月の光が窓から入り込み、ヴァイオリンを照らしていたときに、
ヴァイオリンが不自然に動き出し机から落ちてしまった
慌てて拾いあげたのだが、背板が少し浮いていて、そこからなにかが這い出そうとしていた。
月の光に照らされたそれは間違いなく人の指に見えるものだった
白っぽく細い指がその浮いた背板から這い出そうとしていたのだ
とても恐くてヴァイオリンを投げ出したい衝動にとらわれたが、
それよりもその細い指の事が気になってどうしても目が放せなかった
やがて月の位置が変わり、ヴァイオリンが影の中に入ったので、ようやくヴァイオリンを放せたのだが
朝になってみると背板は元通りになっていて、Fホールから覗いて見ても振ってみても、
指のようなものの気配さえ感じることは出来なかった。
その事があってから私は、ますますヴァイオリンとその稽古から遠ざかるようになり
やがてヴァイオリンも何処かに仕舞われたまま私の目に触れる事さえなくなっていた
あらためてそのヴァイオリンを見たのは、母の葬儀のあとで
大切に仕舞っていたらしいヴァイオリンを客が引き上げた後、父親から手渡されたのだ
私はそのまま家に持ち帰ったものの、あれからずっと頭を離れる事がなかったあの月の夜のことが
どうしても気になっていたので、職人に頼んでヴァイオリンを切断してもらった。
そうすると
縦に割られたヴァイオリンの棹の付け根のところから、
細長くて白い(死んだ母親の小指を思わせるような)水晶が出て来たのだ
それは夜の月のようにほの青く光り、その光が私の目の中に差し込んで来た
その光はとても不思議な感触で、既に遠くなった母親の記憶を想起させるのに充分なものだった
私は壊れたヴァイオリンとその水晶で卓上を照らす為のスタンドを作らせ
今もそれは机の上で読むべき書物を照らしている
母親が何故、私にヴァイオリンを弾かせたかったのかはわからなかったが
結局、その誰も顧みる事のなくなったヴァイオリンを彼女は捨てる事が出来なかったし、
私もその頃の記憶だけは今でも鮮明に焼き付いている。
今は時々だがこのヴァイオリンのランプで本を読む時に母親が渇望し弾けなかった曲をかけている。
それは
あの月の夜と今は遠い母親の為に