【或る実験施設にて】
かつてわたしは山の麓に小さな事務所を構え、
雑誌の記事等を書いて生活していた。
山特有のゆったりとした時間でのんびりのびのびとしている反面、
仕事は月に一、二件あるか無いかで、生活は決して楽なものでは無かった。
周辺には家も無いので、週に一度の買い出しの時以外は人にも会わず、
本当の独りきりであった。
そんな訳で身も心もひっそりと生活していた訳であるが、
とある奇異な依頼を受けた事により、生活が少し変わる事になるのである。
新緑の頃、閑散とした事務所に電話のベルが鳴り響いた。
電話が鳴る事自体久しぶりの事であったので、
事務所に入り込んだヤモリを捕まえようと机の下に潜っていたわたしは驚いて思わず頭をぶつけた。
電話に出ると声の主は老人で、とある施設について記事を書いて欲しいとの事だった。
老人が提示した報酬金額がとても高額であったので、わたしは二つ返事で引き受けた。
数日すると電話の主の老人が事務所にやって来た。
老人が来る日は予め知っていたし、第一この事務所には普段来訪者もないので、
ノックの音を聞くなり電話の主の老人であると思い、わたしは玄関へ向かった。
扉を開けた先に立っていたのはもちろん電話の主の老人であった。
のだが、その老人を見てわたしは驚きのあまりひっくり返りそうになった。
その老人は腰が曲がっているにも関わらず背がうんと高く、事務所の入り口を覗くように立っていた。
頭の先から足元まである大きな袋のような物を被り、なんと足は裸足で、蹄のような形をしている。
顔があるらしき場所には少し切り込みが入っており、
そこからしわしわの顔と白くて長い髭を覗かせていたので、
若干納得のいかないところはあるものの、老人なのだなという事は何となく分かった。
この時点で既にわたしは老人のその奇異な容姿に大変驚いていたのであるが、
実は最も驚くべきはそこではなく、
その後聞かされる依頼内容であったと後に知らされる事になるのである。
その老人の依頼内容は、とある実験施設に残された機械達の紹介をして欲しいというものであった。
それだけならまだふむふむと聞いていられる話であるが、
老人の話を聞くうちに段々とわたしの頭上には暗雲が立ち込めていく訳である。
その実験施設というのがまた実に奇異なものであり、
なんでも、『命の生成と継続について』の実験を繰り返し、
様々な発明品を残したまま数年前に突如として姿を消したとある研究者の実験施設だというのだ。
ここまで聞くとわたしは、厄介な話に巻き込まれたのではと大変不安になった。
しかし不幸にも話は続き、わたしの不安感はさらに強くなっていくのである。
なんとその実験施設の場所を示す地図というものが暗号化されており、
容易に辿り着け無いようにしてあるというのである。
これには流石に頭を抱えた。
依頼を白紙に戻したかったが、生活を考えるとそうもいかない。
老人はわたしの気持ちを察したのか、恐らく和ませようと顔面に微笑みのような形を作っていたが、
わたしにはそれすら気味が悪く、気持ちはちっとも軽やかなものにはならなかった。
全く厄介なものを引き受けてしまったと、ただただ後悔をした。
老人はわたしに鍵を渡すと、お辞儀をして何も言わずに帰っていった。
老人が帰ると、わたしは早速依頼に取り掛かった。
そうしてそのまま地図の暗号とは数年格闘する事になった。
いろいろな暗号の本を読んで解読を試みたがなかなか読み取る事が出来なかった。
しかし苦戦し続けて四年目のある日、そんな苦悩も無駄になる程
ひょんな事から突然暗号が解ける時がやってきたのである。
難しく考え過ぎていたのか、暗号は実に幼稚なものであったのだ。
そして遂に施設の場所を特定した。
当初は不安ばかりの案件であったが、暗号から地図を起こし、
探索の準備を始める頃にはすっかり宝探しをしている子供の気持ちになっていた。
実験施設は山奥の谷に存在していた。
わたしは実験施設を見つけると、内蔵が浮き上がる様な例えようの無いわくわくとした気持ちになった。
(場所が特定されるとまずいので、場所や道中についての情報は割愛する。)
鍵を開けて中に入ると、実験施設全体はしっとりとした空気に守られていた。
あちこちに点在する大型の機械には布が掛けられており、
何者かが潜んでいてもおかしくない様な状態であった。
しかし不思議と怖いという気持ちはなく、
優しい気持ちになるような柔らかい息遣いを感じたのである。
そして程なくすると、わたしにはその理由が分かったのである。
なんと、その取り残された機械の一つ一つは意思を持って生きていたのである。
わたしは驚きと共に何故かとても嬉しくなった。
わたしの訪問に気付いたのか、機械達はこちらを気にしながら少しずつ動き始めた。
大きな機械が蒸気を上げると、部屋のあちらこちらでゼンマイのような物達が回り出した。
鳥籠の中の花達が照れながら笑い、石膏の手首がオルゴールを回すと、
パイプに張り巡らされたチューブは脈を打ち、鳥頭の箱庭は翼を広げた。
布を自らめくり上げこちらにお辞儀をする小さな動物達の姿もあった。
こうしてわたしは暫くこの実験施設に住み込みんで記事を書く為に
機械を一つ一つを見て回り、彼等と会話をした。
それはわたしにとって、とても奇異であり、とても幸せな出来事であった。
すっかり前置きが長くなってしまった訳だが、本題はこれからである。
それでは依頼主である老人に渡された説明書と照らし合わせながら、
施設に残された発明品を紹介する。
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