「記憶」を媒体とした空間造形から、
ある種のノスタルジーを感じさせる世界を表現する造形作家 植田明志(うえだあきし)。
無音のような静けさと、理想的な深層心理の核心を探求する、
その作品世界は見る者の心に深い余韻を残します。
個展「虹の跡」用作品。
「よその怪獣」と題されたオブジェ。
深い夜の闇を想わせる長く黒い毛に覆われた身体と
金色に光る角を持った怪獣を造形した作品です。
金色に輝く怪獣の角。
しかし彼の目は手で塞がれており
自身の輝きを見ようとしていません。
石粉粘土。アクリル彩色。
高さ:約22㎝
奥行き:約25㎝(角の先端から尻尾の先まで)。
『よその怪獣』
夜に溶けるようにして、怪獣がいた。
頭の大きな角は、パズルのように砕けた月のピースがそのまま頭に付いたみたいだ。
その角は、今まで見てきた何よりも綺麗に、輝いていた。
よく目を凝らしてみると、ずるずると尻尾を重そうに引っ張っていた。
身体に見合わないその大きな尻尾は、彼を過去に縛り付けているようだった。
記憶の中で、彼は生きていた。
実際に彼は、その先を見ようとしていなかった。
目は自分の意思で塞いでいるように思えたし、
塞いだ手はあまりにも長いこと動いていないようで、石のように固くなっていた。
彼は、自分の綺麗に光る角を、見ないようにしているようにも見えた。
それでもきっと彼は、いつか彼の意思で目を開くだろう。
そして、そのときには、自分の綺麗な角をしばらく見て、人知れず月の優しさを知るだろう。
僕はそう祈った。
しばらくして、山の上からこの深い夜を一望できる機会があった。
それはまるで大海原のように、木々が夜風に吹かれて嘶き、遠くではオオカミの遠吠え。
星がよりいっそう近くに感じ、星たちもまた僕のことを近くに感じているようだった。
この広大な夜の中のどこかに、彼はひとり、ひっそりと歩いているのだろう。
彼は、今も記憶の中で生きているのだろうか。