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植田明志 「虹を歌う子ども(テノール)」

¥35,200 税込
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「記憶」を媒体とした空間造形から、


ある種のノスタルジーを感じさせる世界を表現する造形作家 植田明志(うえだあきし)。


無音のような静けさと、理想的な深層心理の核心を探求する、


その作品世界は見る者の心に深い余韻を残します。











個展「虹の跡」用作品。


「虹を歌う子ども(テノール)」と題されたオブジェ。


記憶が降り積もった山で、"虹の人" の為に歌う子供たちを表現した小作品です。












記憶が降り積もった山に棲む不思議な子供たち。


それぞれ、「アルト(夜)」「ソプラノ(朝)」「テノール(夕焼け)」と名付けられた


三人の「虹を歌う子ども」たちは、頭に折り紙で作った帽子を被り、


静かに目を閉じ、胸に手を当てて祈るように歌っています。













石粉粘土。


全高:約15㎝(岩型の台座部分含む)。





※こちらの作品は、植田明志個展「虹の跡」会期終了後(2016年11月16日)のお渡しとなります。



※こちらの作品はラッピング対象外となっております。

























「虹の人」



その瞬間、僕は、虹をみた。


その虹はただ、そこに居た。


光と色が交差する。





この降り積もった記憶の山のてっぺんで、僕を待っていた。


地面はふわふわとした — 子供の頃に摘んで誰かにあげた花に、よく似ている。


— 真っ白い花に覆われて、足をくすぐった。


花の下の地面には、たくさんの足跡があった。














僕は、この物語を知っていたよ。


沢山の跡をつけて。



僕は、確かにそこに居たんだよ。


涙は、音のない夕立のように、止めどなく流れ続けた。





−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





いつからかこの山を歩いていた。


多分、そうだ。山に詳しい友人に、聞いたのだと思う。


その山では、雨が降らなくても虹が見えると、教えてくれたのだ。


「虹って、ふと現れて、消えていくだろう?


でも、心に残るんだ。俺は、それを不思議だと感じるんだ。」



確か、そんなことを言っていた気がする。


何故か、どうしても顔は思い出せなかったが、ロマンチックなやつだ。






思えば、もうしばらく、虹を見ていなかった。


雨が降れば、外には出なくなったし、


コンクリートに染み込んだ、夕立の匂いも嗅がなくなった。


そもそも、子供の頃も、あまり虹を見た覚えはなかった。


ずっと部屋の隅で、様々な色のクレヨンで、何か描いていた気がする。何を描いていたっけ?














気づくと、何時しかあたりは真っ黒になり、空に浮かぶ月も頼りなかった。


山肌は、不規則にぼこぼことしていたが、それなりに舗装されており、


歩いてきた道を見ると、たくさんの足跡があった。


とても大きな動物のもの。


子供のもの。


そして、僕の足跡は、そのどれかに混ざってわからなくなっていた。










僕は、何時からここにいるのか、わからなくなっていた。


どうやったら、そこに居たことにになるのか、術を知らなかった。


僕は、自分の足跡の形すら、覚えていなかった。





この山では、たびたび、不思議なことが起こった。


歩いているうち、たまに、ふっと気配を感じて、暗い崖のほうへ目をやると、子供がいるのだ。


その子供たちは例外なく、奈落の闇にぽっかりと頭だけをだした、


どうやってもそこには辿りつけないような岩の上にいた。



彼らは、本当に小さく、ささやくような声で、歌っていた。


僕が声をかけても、何の反応もしなかった。


きっと、彼らの世界には、僕はいないのだと、思った。














山の中腹あたりに差し掛かると、街が見えた。


その街は、ずっと燃えていた。きっと夕焼けがあそこで眠っているのだ。


僕の家も、燃えているのが見えた。多分、あれだと思う。


山の飛行機が、その街に落ちていくのが見えた。


飛行機は、燃え尽きる瞬間に、流星になれた。


夕焼けは、大きな生き物となって、世界を燃やし尽くしてしまってしまうのだと思った。


そしていつしか、さらに大きな夜が、そんな世界を飲み込んでしまうのだ。















世界は、真っ暗になって、夜の優しさに気付くのだろう。


ふと夜空を見上げると、月が山肌に、さなぎみたいにくっついて眠っていた。


そういえば、僕は約束をしていたことを思い出した。


誰かと会う約束だった。この山の頂上で。









僕は走った。夏が終わったばかりの山は、肌寒かった。


途中で、公園が見えた。遊具はみな闇の中で、怪獣の骨みたいな体を、白く光らせて眠っていた。


怪獣の骨にはたくさんの子供たちが遊んでいた。


まるで、獲物に群がるたくさんの蟻のようだった。









息が切れる。


山はますます黒々としていった。


山肌には様々な種類の鉱石がむき出しになっているらしく、星みたいにきらきら光った。


まるで、宇宙の彼方を走っているようだった。


心臓が張り裂けそうなくらいの全力疾走。


星が、次々と流れていく。この暗闇は、僕をどこへ連れて行ってくれるのだろう。


たまに突き出た星たちで、体を少しずつ切った。


生暖かい感触が伝わる。少し深い傷もあるようだった。







頂上に着いたときには、すっかり月のさなぎはからっぽになっていた。


きっとさなぎの中の海は、宇宙に還っていったのだと思った。


今頃、さなぎの下ではその外皮で作る舟のために、たくさんの舟人で溢れているだろう。


山のここは、真っ白だった。きっと、地面から無数に生えている白いぽわぽわした植物のせいだ。


それに、風に吹かれなかった植物の綿毛が、埃のように真っ白に地面を覆っていた。


下のほうが、少し茶色く、複雑に濁っているのも見えた。
















声が聞こえて、振り向くと、君がいた。


何か小さく呟いた。それきり、何も話さなくなった。


二人で、地面に寝転んで、星空をみた。星座を教えようとしたが、


僕の知ってる星の位置とは、少しずつ違っていた。






僕が声をかけようと横を見ると、彼女は真っ白になっていた。


彼女の身体からは無数の白い植物が、空にむかって生えていて、人の輪郭を失っていた。


鉱石に引っ掛かってできた傷も、白くぽわぽわしていた。













僕はどうしようなく泣きたくなった。


泣いてしまえば、きっと楽なのに、鼻が冬の朝のように、少しツンとするだけだった。


涙を堪えようと、地面に顔を伏せた。綿毛がふわふわと迎えてくれた。


ふと、綿毛の隙間に何かが見えた。はっとした。


無我夢中で、降り積もった埃振りを払う。








見えたのは、無数の足跡。


はっとしたその瞬間には、もう涙は溢れていた。


闇の中でひとりぼっちの怪獣のように、わんわん泣いた。















夕立ちみたいな涙のせいで、景色は夏のプールの様に光り輝いて、揺らめいていた。


地面は様々な色が重なりあっていた。


それは、全部僕が知っている色だった。


僕だけが、知っている色だった。



揺らめく景色のせいで、様々な色が複雑に絡まり合った。





その瞬間、僕は、虹をみた。






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