「記憶」を媒体とした空間造形から、
ある種のノスタルジーを感じさせる世界を表現する造形作家 植田明志(うえだあきし)。
無音のような静けさと、理想的な深層心理の核心を探求する、
その作品世界は見る者の心に深い余韻を残します。
個展「虹の跡」用作品。
「トレモロバード(♀)」と題されたオブジェ。
記憶を思い出す時に吹く風の化石「風の骨」を見守る
小さな鳥のような生き物たちを表現した作品です。
時間の止まった空間で、空に浮かぶ記憶の化石「風の骨」。
トレモロバードたちは、誰も気づく事のない記憶の化石を想い、
その周りを飛びながら見守っています。
身体の円盤には、「風の骨」と共通の唐草模様に似た "風の模様" が彫られています。
雄と雌でお互いの身体を小刻みに突き合い、円盤の模様を彫っていきます。
「風の骨」がいつか灰になって、いなくなってしまっても
トレモロバードたちは身体に刻まれた風の模様と共に、いつまでも覚えています。
石粉粘土。
全高:約39㎝(台座部分含む)。
本体 全長:約10.5㎝。
「風の骨」
彼は、いつからそこに居るんだろう。
少なくとも僕が生まれてから、ずっとあの白い空に浮かんでいる。
人々から風の骨と言われている彼は、時間が経つにつれその形を歪にしていった。
彼の周りをたくさんの鳥たちが飛んでいる。
忘れられていく記憶。
いつか、全部消えてしまう。
僕らが居たことも、彼がいたことも、この世界はいつか、思い出せなくなる。
僕は彼を見上げて、少し祈る。
近くで鳥たちが、互いの羽にクチバシで模様を彫っていた。
彼らは、つがいになると、確かめ合うように、コンコンと互いの模様をついばむ習性がある。
それは、風の骨の記憶を、彼らは必死に残そうとしているように見えた。
彼らの羽は硬質の骨でできており、太古の地層からその化石がよく発掘された。
そのすべてに、例外なく模様が彫られていた。
花のような模様。海の生き物。抽象的な幾何学模様。
風の骨を見ると、夕焼けに照らされて、その複雑な輪郭を輝かせた。
その輝きは僕を少なからず安心させる。
あなたは、消えていくけれど。
僕は覚えているよ。
鳥たちも、あなたのことを覚えてる。
だから、大丈夫。
忘れられていく記憶。
いつか、全部消えてしまう。
僕らが居たことも、彼がいたことも、鳥たちのことも、この世界はいつか、思い出せなくなる。
それでも、いつか誰かが、僕らが居た証を。
見つけてくれますように。