「記憶」を媒体とした空間造形から、
ある種のノスタルジーを感じさせる世界を表現する造形作家 植田明志(うえだあきし)。
無音のような静けさと、理想的な深層心理の核心を探求する、
その作品世界は見る者の心に深い余韻を残します。
個展「虹の跡」用作品。
「嵐の歌」と題されたオブジェ。
植田明志初個展「惑星少年」のイメージヴィジュアルにも用いられた
代表作のひとつ「月の歌」を再解釈し、新たに作り起こされた
もうひとつの「月の歌」とも言える大型作品です。
全長㎝を超える超大型作品「嵐の歌」。
"遠くから見た月" をイメージした「月の歌」が
三日月のシルエットに鮮やかな彩色で表現されたのと対照的に
"近距離から見た月" をイメージした「嵐の歌」の体表は、月の表面を想わせるような処理が施され、
化石のような白みがかった色彩で表現されています。
また、背中の甲羅部分には植田明志作品の特徴である老人の顔が造形されており
老人の髭にも見える背中の煙が、作品の巨大感を表現しています。
石粉粘土。綿。メディウム。
アクリル彩色。
縦 最長:約120㎝(台座部分)。
横:約37㎝(台座部分)。
高さ:約82㎝(台座底面からオブジェ本体最上部まで)。
※こちらの作品は、植田明志個展「虹の跡」会期終了後(2016年11月16日)のお渡しとなります。
※こちらの作品はラッピング対象外となっております。
『嵐の歌』
嵐が来る。
それは歌声や声のような類ではなく、宇宙の叫びそのものだった。
耳を塞いでいても、泣いてしまう。心の海底から湧き上がる溶岩のように、止めどなかった。
あの、まっしろな星だけは、なにごともなく過ごしていた。
まるですべての悲しみを、知っているようだった。
そうでもなければ、この嵐に耐えられないだろう。
嵐が去ったあとも、他の星たちは目をこすったり、すすり泣いたりしていた。
あの、まっしろな星はだけ、一度も瞬きもしなかった。
もうひとつ、世界があるのだろうと、考えるようになったのは、
後輩の女の子から面白い話を聞いてからだ。
「寝ていると夢を見るでしょう。よく自分の夢を見るの。
わけのわからない世界で戦っていたり、
およそ現実では説明もつかない物事のなかで、私は生きている。
きっと、宇宙にはいくつもの世界があって、パラレルワールドっていうの?
その宇宙の数だけ私がいる。
夢は、その中に居る私を映してくれているんだと感じるの。
だから、実際に、ある私はどこかで戦っていたり、するわけ。
その私たちは、きっとなにかで繋がっているの。だからお互いを夢の中で見れる。」
そんなことを言っていた。
それでは、あの悲しい物語にも、もうひとつくらい、違うクライマックスがあるのだろうか。
どこかで会えているのだろうか。
いま、違う宇宙のどこかで。
例えば、あのおもちゃ箱をひっくりかえしたような街が、
戦争でめちゃくちゃに壊されたかもしれない。
戦火の中を、少女が逃げ回る。そこでちいさな男の子に出会う。
もう少女が、誰かの目にならないように、男の子はずっと手を握り続ける。
それでも、どこかでクライマックスは、やはり繋がっているのかもしれない。
僕はあの少女を救う術はないのかもしれない。
それとも、あの少女は最初からいなかったのかもしれない。
月は金色。ぴかぴか光ってる。
近くで見ると、あんなに真っ白なのに。骨みたい。ぼこぼこしていて、痛そう。
あの少女は、きっとあれでよかったのだ。
ただもうひとつ、物語をつくるよ。
誰も悲しまない、
ずっとあの二人が、歌い合えるような。
※こちらの作品は、名古屋近郊へのお届けの場合は、日時をご相談の上、スタッフが直接配送に伺います。
それ以外の地域は、別途送料が必要となります。