「記憶」を媒体とした空間造形から、
ある種のノスタルジーを感じさせる世界を表現する造形作家 植田明志(うえだあきし)。
無音のような静けさと、理想的な深層心理の核心を探求する、
その作品世界は見る者の心に深い余韻を残します。
個展「虹の跡」用作品。
「月の抜け殻の舟」と題されたオブジェ。
夜の果てを抜けて宇宙へと旅立つ、三日月型の舟を造形した作品です。
石粉粘土。アクリル彩色。
高さ:27㎝。
全長:約24㎝。
『月の抜け殻の舟』
久しぶりに寝付けない夜だった。
怖い映画をみたせいかな。
ここにいたら、お化けに襲われる。
窓を覗くと、大きな黒いかたまりのようになった山に、三日月が引っ付いていた。
それはまるで天使が生まれるさなぎのように、その時を待っているように思えた。
気が付くとすでに背中は割れ、中はすでにからっぽ。
宿主を無くしたさなぎは、最後の役目を終えたかのようにしんと静まり返り、
星の光に当てられていた。
星たちも、祝福しているようだった。
きっとあのさなぎの下では、たくさんの人が集まって、
抜け殻になったその皮をばりばりと剥いでいるのだ。
彼らは船乗りで、その殻で作った船はきっと宇宙のどこへでも行ける。
いつしかシロが膝の上でゴロゴロと喉を鳴らしていた。
月の舟よ、僕らをここから連れていってくれないか。お化けが来る前に。
きらきらと輝く舟は、夜の風を受けながら僕らを夜の果てへと運んでいく。
地球がビー玉のように小さくなっていく。
太陽は忘れ去られていたのを怒っているように轟轟と燃えた。
見渡す限り一面に広がる無数の星たちは、僕を歓迎してくれているようだった。
明日は、中学の入学式。一番最初にできた友達に、この事をこっそり教えてあげよう。
そして、一緒にこの宇宙へと旅立つのだ。
太陽を怒らせないように、そっと。