「 その世界は月を暦にしていた
それはその世界の文化をより複雑なものにしたが
同時に月によって世界の全てが支配されることも意味していた。
勿論それは夜の天空に輝く月のせいではなく暦として理解した人間が
自らを自身が生み出した観念で自らを縛り付けただけのことだったが
それはその時点ではやむを得ないことでもあった。
彼らの月に対する概念は神に対するようなものではなかったが
月が自分たちを世界もろとも支配しているとも考えたのでその月と交信するための道具を作っていた
彼らの世界には犬がたくさんいて大切に飼われていたが
それは多くの犬が満月の夜に遠吠えをしたからで
それは彼等にとってそれは月と犬が特別な関係にあると考えるようになった理由でもあった。
彼等は年に一度月が一番高くのぼり長く夜を照らす日に生まれた犬を
ただただ大切に育てその犬がちょうど満10才になったときに
犬に彼等の世界で生み出されたそこに浸けておけば死を通過してしまうとされる秘薬に入れて
それから徐々に皮を剥ぎ肉を削ぎ一定の決められた時間のなかでゆっくり骨にしていくのだ。
それでも首だけになるまでまだ生きている犬の頭骨に必要な装飾を施したものを
「月の犬」と名付け月と交信し月から得る恵みを更に確実なものにしようとしたのだった。
いくつもの「月の犬」はあらゆる事例に於いて試され必要なら用意された生け贄まで供されて
月との交信が試された。
そのなかでも特に効果があったと判断されたものだけを一つだけ残し
後のものは灰にされ凍った海にまかれた。
彼等の月に対する信仰は近代迄ゆるぐ事無く続いていたが
それも20世紀中頃に支配的に導入されたマルキシズムによって否定され
それからは霧散するように消えて行った。
それでもいわゆるシャーマンの家系につながる一族が最期の「月の犬」を守り
後世に伝えていたのが今展示に出品されたものである。
関係諸子の尽力に感謝したい。」
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